第89回定期演奏会を振り返って

 

早稲フィルは一年に2回、自主公演の定期演奏会を開催している。そのうち12月に行われるものは冬定と呼ばれ、運営を行う3年生の集大成の舞台となる。そんな冬定が好況のうちに終演してから早3ヶ月、演奏会の興奮も冷めきった今改めて、演奏会を89回定期のシーズンを振り返ってみたい。

 

 

 

 

練習が始まるより遥か前に準備は始まる、ホールと指揮者の選定である。わりあい順調に抽選や交渉は進み、年末の忙中に出口大地先生(https://x.com/DaichiDeguchi?t=YVsTTOJBXbyIoOdv1gw8ew&s=09)を迎え音響・立地ともに抜群の横浜みなとみらいホールで開催することが決まった。春は所沢、冬は横浜、となかなか早稲田から遠い立地で演奏会を迎えた1年間だったなと振り返ってみて感じる。


そうしてようやく選曲が始まる。上述の通り3年生にとって最後の舞台であるから熱の入れ方も一入である。メインに選ばれたのはチャイコフスキーの交響曲第6番”悲愴”であった。筆者としては対抗馬がサントリーウィスキー「響」のネーミングの由来になったと言われるあの曲であったため、無事乗り番がある曲になり胸を撫で下ろしたあの瞬間を今でも鮮明に思い出せる。前半の2曲はベルリオーズの「ローマの謝肉祭」とビゼーの「カルメン」組曲となった。


練習の日々についてひとつずつ回想していくとあまりに冗長になるため各曲の所感や思い出について触れていく。


ベルリオーズはチューバは譜面がなかったため降り番であったがよく打楽器の代奏をしていた。打楽器の心得などあるはずもなく、自前の頓珍漢なリズム感とチューバで培った伴奏のセンスで必死に食らいついていた。この曲は打楽器やトロンボーンにとってはモグラ叩きゲーム的な要素があり、中々演奏するタイミングが掴みずらい。打楽器やとろちゅーといった休符と寝食を共にし分かつことのできない友情を育んでいるパートにとって、休符明けに出られないというのは致命的であるからこの曲は慣れるまで相当に難儀であった。おかげでシーズンを終える頃にはシンバル・トライアングル・タンバリンの譜面は一通り叩けるようになった。

 

カルメンにはチューバの譜面がある、という事実はあまりにチューバ吹きに撮って好ましくない。出来れば客席で聞いていたいものだ。ビゼーの書いたオリジナル(オペラ)の編成にはチューバは元々書かれておらず、トロンボーン1本であったという。それをフルオーケストラのためにリライトされる際に書き加えられたため、ほとんどがコントラバスやティンパニの増強、チューバ奏者諸氏に分かりやすく言うと”ドボ8″的な譜面なのである。そのおかげかこの曲の魅力である各楽器のソロ回しは、大抵楽器を置いてゆっくり良い席で聞けるのでその点は良かったと言える。


そしてメインのチャイコフスキー。彼の残した最後の大作であり、チャイコフスキー屈指の名曲である。”悲愴”という副題からマーラーのTragicのように陰鬱な曲がずっと続くものかと思いきや、真ん中2つはどこか物憂げで優雅なワルツと勇壮な行進曲のような歯切れの良い楽章と、悲壮感いっぺんとおりではない。個人的にはその遺書的性格から交響曲というよりチャイコフスキーの生涯を描いた交響詩のようにすら感じることがある。


チャイコフスキーのシンフォニーとしては唯一チューバ全楽章に音符を持ち、その内容も吹きごたえたっぷりである。上から下まで満遍なく音域を要求されトロンボーンと動いたりホルンと動いたりコントラバスと動いたり、オーケストラのチューバ奏者としての役割が遺憾無く発揮される大曲だ。前半3つの楽章はどちらかと言えば肉体労働系(東先生に言わせれば土木工事)の役割で音量を求められることが多いが、最終楽章であるAdagio lamentosoは最後にトロンボーンとチューバのみが抜き出されるコラールがあり、これがとてつもなく高度な頭脳労働であるのだ。


チャイコフスキーお得意の限界を突破した音量記号(pから始まり最後にはpppppまで下降する、なお最大はffff)を要求され、なおかつ和音の各構成音が近いためそのバランスも非常にシビアである。録音は山ほど聞いていたがなかなか各個のバランス感は難しく正解も分からないため、パート練習では暗闇の中で手探りをするように合わせをしていたのが印象に残っている。

 

 

 

中学一年生の時から音楽を始めて、この演奏会がこれまでの演奏家人生の集大成であったと言えると思う。オーケストラの運営も含めて奏者として多くの学びを得ることのできたシーズンであり非常に濃密な半年間であった。この先アマチュアとして音楽を続けていても、同年代のプレイヤーが集まってこんなに長い期間で多く練習を重ねて曲を作り上げる機会はあまり無いだろう。大学生なりに悲愴という多くの感情を含んだ複雑な大作に立ち向かい、ひとつの表現の形を追い求めそれを聴衆の皆様にお聞かせ出来たことは非常に良い体験だったと振り返ってみて強く感じる。これこそ大学オーケストラの醍醐味であり魅力なのではないだろうか。

 

そんな早稲フィルの次回演奏会の紹介を持ってこの駄文のおしまいとさせていただく。ここまでお読みいただきありがとうございました。次はトロンボーンの才色兼備の才媛まやちゃんにバトンを渡します。47期の皆さんのブログを楽しみにお待ちください。

早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団第90回定期演奏会

日時 2024年6月8日(土) 夜公演
会場 所沢ミューズアークホール(大ホール)
曲目
シュトラウス二世 喜歌劇「こうもり」序曲
スメタナ 連作交響詩「わが祖国」より「ヴルタヴァ」
シベリウス 交響曲第2番
指揮 松岡究
管弦楽 早稲田大学フィルハーモニー管絃楽団

ぜひご来場ください。